小学校中学年の頃③
小学校で食べた給食の中で一番好きだったのはカレーだ。
僕の小学校では月に1回か2回、カレーライスとフルーツポンチのセットが出されることがあり、その日は心が躍ったことを覚えている。
そんな小学校4年生のある日、僕は給食当番でカレーのルーが入った食缶を運んでいた。

今現在、多くの小学校や中学校では給食用エレベーター(昇降機)を用いて、各階までワゴンを上げ、そこから教室まで(主に先生が)ワゴンを押して運搬する方式をとっているのだが、僕が小学生だった頃はなんと給食当番の生徒が給食室から教室まで重たい食缶を持って運んでいたのである。
小4の頃、僕にはクラスに3~4人、仲の良い友達はいたのだが、それ以外のクラスメートとは大して関わりを持っていなかった。
そのため、給食の食缶を運ぶ際に、誰も手伝ってはくれず、僕1人でカレーのルーを苦労しながら運んでいた。
廊下であれば、途中で食缶をおろして、休憩しながら運べるが、階段ではそうはいかない。
僕は気合を入れて1階から2階に上がるための階段をのぼっていたわけだが、ふとした瞬間に、食缶を落としてしまった。
階段の上から下まで食缶は転がっていき、辺り一面はカレーまみれ。
そして、それだけではなく、僕の右足にはこぼれたカレーのルーがかかってしまっていた。
(あー、こぼしちゃったよ、、、これじゃカレー足りなくなっちゃう・・・)
そんなことを思っていると、たまたま近くにいた先生がやってきた。
「あの、先生、カレーを・・・」
先生にカレーをこぼしてしまったことを説明しようとした矢先、僕はものすごい勢いで腕を引っ張られ、水飲み場に連れていかれた。
そして、右足に水を大量にぶっかけられた。
靴下、上履きを履いたまま、である。
(そんなに大げさなことじゃないのに・・・)
僕はそう思っていたが、先生は極めて真剣だ。
10分ほど流水をかけられ続けた後、保健室に移動。
水と氷が入っている大きな洗面器に右足を浸す僕。
保健室の先生と担任の先生が話している声が聴こえてくる。
どうやら僕は担任の先生の車で近くの形成外科に連れていかれるらしい。
しばらくすると、保健室にうちの母親がやってきた。
「すみません。私の不注意です」
担任の先生が母親に謝っている。
どうやら僕が思っていたよりも事態は“大ごと”であるようだ。
担任の先生が車を運転し、後部座席に僕と母親が乗る。
病院に着くとすぐに診察を受けた。
カレーがかかった右足の靴下を脱ぐと、大きな白い水ぶくれができていた。痛みはほとんど感じない。
診断の結果、“深達性Ⅱ度熱傷”というやけどで、軽傷ではなく、むしろ重症に近い症状であった。
その後は週に1度ぐらいのペースで通院することになったわけだが、今現在、僕の右足には痕は全く残っていない。
あの時、先生が適切な処置を施してくれたことで、僕は救われたわけであり、あらためて感謝申し上げたい。
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