小学校高学年の頃①
小学5年生になると、クラス替えが行われ、今まで仲が良かった友達と離れ離れになった。
始業式が終わり、徐々に新しいクラスにも馴染んできた頃、僕は家の近くに住んでいた2人と一緒に休み時間を過ごすことが多くなっていた。
そのうちの1人が“津島”というヤツで、彼はドラえもんに出てくる“ジャイアン”のように体が大きかった。
対して、僕は体が小さく、“背の順”で先頭に近い方だったこともあり、津島に殴られることが度々あった。
とは言え、この時点ではまだイジメと言えるほどのものではなく、自分自身、特に気にせずに学校生活を送っていた。
このブログを読んでいる方の中には、殴られているのに「なぜイジメだと思わないんだ」とおっしゃる方がいるかもしれないが、実は津島はその辺りのやり口が上手かったのだ。
まず、彼の家は非常に裕福であった。ちなみに“津島家”は地元で有名な地主である。
一方で僕の家には金銭的余裕がなく、おこづかいは月に500円だった。
だから津島は、お菓子などを買って僕に分け与えてくれることが多々あり、いわば“飴と鞭”を駆使することで、僕を支配していたのである。
そんな小学校5年生のある日の放課後、事件は起きた。
僕が廊下を歩いていると、突然、津島を含む数人が僕の体を突き飛ばしたのだ。
僕は廊下の端の方に吹っ飛んだのだが、ちょうどそこには上級生が図工の時間に作成した土器が置かれていた。
実はうちの小学校では、毎年この時期になると、図工で土器を作成し、廊下に並べるという慣習があったのである。

僕の体はその土器のうちの1つにぶつかり、一部が破損することになった。
その次の日の図工の時間、僕は図工教師の“相川先生”に呼び出された。

「6年1組の〇〇くんの土器が壊れてたんだけど、なんか知らないか?」
「・・・わからないです」
僕がそう答えた瞬間、相川先生は図工室にあった木製の椅子を蹴り飛ばし、部屋中に響き渡るほどの大声で言った。
「誤魔化そうとしてんじゃねーよ、テメーは!!みんなお前がやったって言ってんだよ!!!」
静まり返る図工室。
その静けさの中で、僕は嗚咽していた。
反論したくても声が出てこない。
僕は図工教師が言っている“事実”を受け入れるほかなく、翌日泣きながら6年1組の担任の先生に謝りにいき、さらに上級生本人に謝罪することになったのである。
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