浪人生の頃⑤
大学受験をする場合、出身高校の担任の先生に“調査書”を書いてもらい、それを出願時に提出する必要がある。
浪人生は12月上旬頃に卒業した高校に行き、事務所で調査書発行の申請(後日受け取り)をしなければならないわけだが、その調査書の受け取りの際、たまたま同じクラスの近藤くんに出会った。
話を聞くと、彼は国立大の医学部を目指して1年間浪人していたらしい。
(近藤くんは僕よりも高校の成績は悪かったはずだけど国立医学部志望とかマジか・・・)
そんなふうに思ったが、お互い頑張ろう!と激励の言葉をかけ、携帯のメールアドレスを交換して別れたのだった。
2月。
ついに私大受験が始まった。
昨年と同じように理科大(工学部と理工学部)と青学(理工学部)を受験。
しかし全く手ごたえがない。
英語は時間が足りないし、数学も去年より難化しているように感じた。
化学だけはまぁまぁできた、という感覚だった。
(1年間いったい何をしてきたんだろう?)
そんな考えが頭をよぎる。
落ち込んでいる僕の姿を見て、家族も暗い雰囲気に包まれていた。
おばあちゃんが「(僕と)代わってあげられるなら代わってあげたいよ」と嘆いていたことをよく覚えている。
そんな絶望的な状況の中、今回は“4校目”として、現役時には受けなかった私立大学を受験した。
大学名はあえて伏せるが、この大学の受験日の帰りに起こった出来事が今でも記憶に刻まれている。
試験終了後、僕は大学から最寄り駅まで直通運転していたバスに乗り、2人掛けの席に座った。

その席には、同じく受験を終えたと思われる女の子が先に座っていた。
その子は僕が座ると同時に、こちらを向いて言った。
「うわ、キモ、最悪」
僕は突然目の前でそんなことを言われて、何も言い返すことができず、ただ黙って座っていた。
念のために書いておくけど、僕の顔や服に気持ち悪い虫がついていたり、いかにも不潔な恰好だったりしたわけではない。
家に帰ると、僕は親の前で涙を流した。
受験がうまくいかず、心がボロボロになっていたのもあったんだけど、なんていうか、自分自身が情けなくて涙が止まらなかった。
僕はその夜、泣いて、泣いて、泣き疲れて、いつの間にか眠ってしまっていた。
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