高校生の頃⑥

秋になると担任の先生と自分と親での3者面談があった。



その場で、僕は先生から「ガクトン君が第4志望に書いている“日本大学”でも厳しいかもしれない」とはっきりと言われたことを覚えている。



これは7月末に行われた河合塾の“第2回全統マーク模試”の結果が壊滅状態(英語と化学は偏差値45ぐらい、数学は偏差値40程度)だったことが根拠であった。





ショックすぎて涙も出てこなかった。


高2の夏休み前から受験勉強を開始して、高3の今でも1日に5時間ほど勉強をしている(高校での授業時間を除く)



それなのに、MARCHどころか日大すら合格が危ないと言われてしまうなんて。





もしかして僕は頭に障害があるのではないだろうか?



小学生の頃の記憶が蘇る。





(いや、このままではダメだ。難関大学に合格すると決めたんじゃないのか?)




僕はやれる人間なんだ!本気になれ!絶対にできる!



僕は自分自身を鼓舞し、再び受験勉強に向き合った。







そして1月。


まずはセンター試験だ。


僕の高校では国公立志望者でなくても、センター試験は全員受験しなければならなかった。




結果は書くまでもない。


英語、数学が50%ぐらいの得点率、化学がたしか63点だった。




センター試験なんてどうでもいい。


問題は2月の私大受験である。






以下に志望校とその受験結果を記す。



【第1志望】東京理科大学 工学部 工業化学科 →不合格

【第2志望】東京理科大学 理工学部 工業化学科 →不合格

【第3志望】青山学院大学 理工学部 化学科 →不合格

【第4志望】日本大学 生産工学部 応用分子化学科 →合格






・・・まぁ当然と言えば当然の結果である。

奇跡なんて起こるはずはない。




日大に受かっただけまだマシではあるが、僕は納得がいかなかった。



親友の野田くんは中央大学法学部に指定校推薦での合格を決めているし、友人M、友人Kは一般受験で中央大学商学部の合格通知を受け取っていた。





(このまま日大に行くのは僕のプライドが許さない)




受験結果がすべて出揃った翌日。


久々に登校した僕は担任の先生に向かって言った。





「浪人します」




こうして僕は浪人生として、大学受験に再度挑む決意を固めたのであった。




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